前橋市の概要
群馬県前橋市は関東地方北部にあります。群馬県中央部にある群馬県の県庁所在地でもあります。古くは厩橋(うまやばし)と呼ばれ、戦前には製糸業で栄えました。戦後は工場誘致を積極的に行った甲斐もあり、2001年4月1日に特例市となりました。32万を超える人口は県内最大であり、また唯一の30万都市でもあります。
前橋のあゆみ
前橋は古くは「まやはし」と呼ばれ、「厩橋」が「前橋」に改められた1681年〜1707年まで酒井忠挙が城主であったと言われています。前橋市域には、700余基もの古墳が発掘され、東国では最も古いとされる天神山古墳、末期古墳の典型の宝塔山古墳など、各期のものが点在。副葬品も多く出土し、当時の律令体制の中で上野国の中心地だった事が伺えます。
群馬の郡、駅家(うまや)の郷、など前橋の地名が出てくる10世紀平安中期、日輪寺の十一面観世音像、善勝寺の鉄造阿弥陀如来座像がつくられます。
文明年間(1470年代)に築かれた厩橋城が戦国時代、上杉・武田等の攻撃の的となり、1567年の戦いでは、武田・北条氏のために、当時繁栄していた天川原、六供方面の町並みが焼き払われ、街の中心は旧利根川の河原であった低地に移ります。
徳川時代になると、酒井氏が川越から移り、9代150年の長きにわたって城主となり、松平氏に代わりますが、利根川の洪水による城地決壊のため、19年で川越に移城します。このため街は衰微の極に達し、城の再築を願って街の復興を図り、1867年に再度松平氏を前橋に迎えますが、明治維新となりました。そして、明治時代に入り、「糸のまち」として前橋の名はますます高まります。
明治14年に県庁が置かれ、街の繁栄の基礎が築かれ明治22年町制を施行、同25年県内最初、関東で4番目、全国で41番目に市制を施行する事になります。明治34年上川淵の6大字を合併し、43年には1府14県の大共進会を開催、大正年間に北部、南部の両耕地整理、昭和に入って上水道を布設しました。太平洋戦争終結直前、昭和20年8月の戦災を受け、中心市街地の8割を焼失する被害を受けますが、戦災復興事業を施行して市の復輿を図り、近接町村を合併し市域を拡大し、35年には消費都市から生産都市への転換を目標に、工場誘致を実施し成果を上げました。
平成13年には特例市の指定を受け、14年には市制施行110周年を迎え、さらなる飛躍を続けています。
前橋の名前の由来
「前橋」は以前は「厩橋」と呼ばれていました。この「厩橋」は、利根川付近の車川と呼ばれる流れがあり、そこにかかっていた橋「駅家(うまや)の橋」と呼んだことから地名になったと言われています。
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| 前橋の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓ |
粕川歴史民俗資料館 |
| 住所: |
〒371-0204
群馬県前橋市粕川町膳48-1 [地図を見る] |
| 電話番号: |
027-230-6388 |
| 開館時間: |
午前9時30分〜午後5時
(入館は午後4時30分まで) |
| 休館日: |
毎週月曜日(祝祭日の場合は翌日)
年末年始 |
| 入館料: |
無料 |
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